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ドイツ村
1番霊山寺より2番極楽寺へ歩く途中、ドイツ村というバス停があった。
案内板に従い歩いて入っていったら、小さな公園があった。
入り口右側には「板東捕虜収容所跡」とあり、左には「日本で初めて
第九を演奏した場所」とあった。
ああーそうか!
これがあの有名な話の第1次世界大戦で連合軍側についた日本は
敵のドイツ軍が駐留していた中国の青島を占領し、そこにいたドイツ軍
を捕虜にして、ここに収容していた。
ここでのドイツ軍は従順で日本側の取り扱いも親切であったという。
捕虜のドイツ軍は楽団を結成しベートーベンの第九交響曲合唱を演奏
したという。
これが日本で初めて第九を演奏した場所になった由縁である。
約1時間くらい公園内を散歩しながら案内板を見て回った。

来る6月には、ここを題材にした映画「バルトの楽園」が松平健主演で
封切られるそうだ。
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四国八十八ヶ所遍路の旅

1番〜23番 

東京駅八重洲口出発のJR四国夜行高速バス徳島、高知1号(1万円)
に乗り込む。
出発は20時30分発で車内は3列シートでゆったり足が延ばせるタイプ
で、途中何ヶ所かのサービスエリヤで休憩したが、とうとう朝まで寝付
けなかった。

1番 霊山寺
到着が7時前だったのでお寺の納札所は開いてなかった。お寺の前
のおみやげ店街に1軒開いている店があったので、そこで遍路道具
を一式買いそろえ、それらを身に付けて外見上は遍路姿に変身した。
お参りの作法なども教えてもらい、遍路姿の写真を撮ってもらう。

7時になり本堂でお参りをしたが初めてでどうしたらよいか戸惑ったが
他の参拝者の見よう見真似で、ろうそくと線香をあげ、般若心経を
唱え、納札した。次に大師堂で同じ事を繰り返す。その後納経所に行
き納経帳に朱印を貰う。

2番 極楽寺
1番霊山寺より国道を1kmアスファルト道を30分歩いた。
中庭の庭園は立派。
見所は弘法大師がお手植えしたとうい老杉。
 

3番 金泉寺
2番極楽寺より2.5km遍路道を約1時間歩いた。
弘法大師が井戸を掘って水飢饉を救ったという井戸がある。

4番 大日寺
3番金泉寺より5km、約2時間遍路道を歩いた。 
赤塗りの鐘楼門。

5番 地蔵寺
4番大日寺より2km、アスファルト道を約1時間歩いた。

8番 熊谷寺
6番安楽寺の宿坊を出発し7番を通過し、6.4km 高速道路と平行したり
潜り抜けたりしながらアスファルト道を約3時間歩いた。
山門は立派。
その山門より10分くらい登ったところに本堂があり、ここから望む徳島平野
の景色は最高。

7番 十楽寺
6番安楽寺から1km、アスファルト道を30分かかった。
疲れているせいか非常に遠く感じられた。
ここをお参りすると八つの苦しみから逃れ、十の楽しみが得られると
いう。
お参りして、また、6番安楽寺に1km引き返す。

6番 安楽寺
5番地蔵寺より5km、アスファルト道を約1時間半歩いた。

20番 鶴林寺
宿泊の「金子や」の裏から山道を2.9km、2時間かけて急勾配の山道を
登ったところにある。

21番 太龍寺
20番鶴林寺より6.7km、約5時間かけて登山道を下り、また、登り
標高600mのところにある。

高速バスは徳島駅前に5時30分ごろ到着した。外はまだ暗い。
駅構内の洗面所で寝不足の顔の洗面を済ませ、JR徳島発6時15分発
の高徳線高松行きデイゼルカーに乗り込む。
5個目の板東駅で6時32分に下車、無人駅とみえて、車掌がホームで
切符を回収。
板東駅は三角形をした駅舎、ホームに「1番霊場下車駅」とあった。
駅から1番霊山寺までは15分くらい歩いた。

第2日目(2006.3.16 曇り後雨) 8番より11番まで
9番 法輪寺
8番熊谷寺より2.4kmアスファルト道を約1時間歩いた。
健脚祈願の寺で、山門の休憩所で近くの老人よりリュックのしょい方など
を教わった。
雨がしとしと降り出した。
10番 切幡寺
9番法輪寺より3.8km 約1時間半アスファルト道を歩いた。
山の中腹にあり、33段の女階、42段の男階と全部で333段の石段を息を
切らせながら登り本堂にやっと辿りつく。
11番 藤井寺
10番切幡寺より9.3km 約4時間アスファルト道を歩いた。
藤の花が綺麗なお寺との事であるが、今はその季節ではなかったので
ただの山の中の静かなお寺という雰囲気。

今日の宿泊所はこの寺のすぐそばである。

第3日目(2006,3,17 曇り後晴れ) 12番

12番 焼山寺
出発した11番藤井寺より登山道路を12.9km 約6時間の山の峠を登り
また、下って、次の山を登った標高930mのところにあった。
第4日目(2006,3,18 曇り後雨) 13番より17番ま

宿泊 
6番安楽寺宿坊    料金6,500円
温泉宿坊とあって、風呂は温泉で格別よかったので、2回入る。
料理もお寺ではあるが、刺し身が出た。部屋はテレビつき2人部屋
位の広さに一人泊まりである。文句なし。
宿坊につきものの「お勤め」は、夜、八時から寺の本堂で行れ、
「世界三大宗教と偶像崇拝」の話がお坊さんからあり勉強した。
中国のホテルのランク付け方5つ星を満点とするなら、ここの宿泊は
5つ星中4つ星

宿泊
ふじや本家旅館  6,800円(明日の昼食のおにぎり付き)
10畳くらいの部屋に3人泊まり、風呂は3人くらいが入れる。
今日の泊り客は25人ほど、料理はまずまず。
5つ星中2つ星 

宿泊
植村旅館  6,700円
10畳くらいの2階の部屋に3人寝る。
今晩の泊り客は歩き遍路者の6人。
風呂は1人用で到着順、料理はまずまず。あまり薦められる宿ではない。
5つ星中1つ星

第5日目(2006,3,19 曇り) 18番より19番まで 
13番 大日寺
植村旅館より鮎喰い川沿いに平坦道路を10.6km、約4時間歩いた
ところの道路沿いにあった。
只今工事中。
14番 常楽寺
13番大日寺より2.3km、1時間歩いた。
15番 国分寺
14番常楽寺より800m 15分位歩いてすぐにあった。
国分寺の名前だけあって、古めかしい。
  
16番 観音寺
15番国分寺より歩いて1.8km、アスファルト道を約30分歩く。

17番 井戸寺
16番観音寺より2.8km、約1時間歩く

宿泊
徳島駅前、ビジネスホテル浦島 5,000円(食事なし)
ベッドにユニットバス 食事は駅前のデパート地下街で弁当を求め
ホテルの部屋で食べる。
雨のなかを歩き びしょぬれであったが、店内のコインランドリーで
全て洗濯し乾燥機で乾かす。
5つ星中3つ星

18番 恩山寺
昨夜泊った徳島駅前より10.3km、国道のアスファルト歩道を4時間
歩いた。



19番立江寺より宿泊する金子やまでは小さな峠越えし強風の中を10.2km
4時間歩いた。

宿泊
民宿 「金子や」 6,800円
8畳部屋に一人寝となりとはアコーデオンカーテン仕切り
風呂は大きかったがかかり湯が出なかった。食事は文句なし
5つ星中3つ星
宿泊
民宿龍山荘 6,500円
6畳に一人寝部屋。山の中にあるため携帯電話は使えず。
風呂は広く大変くつろげた、食事はまずまずで文句なし。
5つ星中4つ星
 
22番 平等寺
前夜宿泊の龍山荘より7km、3時間歩いて山門より階段を登った
ところに本堂はあった。
階段の上り口に湧き水があり、1000年枯れる事無く湧き続いてい
るという。
第6日目(2006,3,20 晴れ) 20番より21番まで

第7日目(2006,3,21 晴れ)  22番

22番平等寺より6km歩いた弥谷観音を越したところより、23番薬王寺
に行くには国道55号線沿いに行く方法と海岸側の県道25号線を歩く方
法とがある。
国道55号線沿いの方が3km短縮であるが、車とトンネルが多い。

海岸線の県道25号線沿いの道を行くことにした。
道は急な坂ではないがだらだらと曲がりくねった永い上り坂で由岐峠を
越し、永い下り坂を下ると由岐漁港に出てきたのが午後2時で22番平等
寺より11.5km歩いた。この近くの民宿に予約を入れる。
OKとなりすぐ民宿に入る。部屋で野球世界選手権の日本対キューバの
決勝戦で日本軍の優勝、王監督の胴上げを観戦。

23番 薬王寺
「ちば荘」より海岸線を10.9km、4時間歩く。
徳島県の発心の道場の最後のお寺で、厄除けの42段の男階段、33段
の女階段がある。
厄除けに階段に厄の年ぶんの一円のお賽銭を置いておくと厄除けにな
るそうだ。
境内から見下ろす日和佐の町並みは美しい。

この23番薬王寺で阿波の国霊場200kmを歩いての遍路が完成した。
第8日目(2006,3,21 曇りのち雨)  23番〜24番へ
前夜(2006.3.14) 東京より徳島へ
第1日目(2006,3,15 晴れ)  1番より7番まで
板東駅より1番〜7番まで徒歩16.3km 
歩行計36,700 宿泊は6番宿坊
お接待
10番切幡寺より1時間くらい歩いている途中、オートバイに乗った老人
に呼び止められ、「これお接待です」と干し柿2個を渡された。
手を合わせ有り難く頂戴した。
歩きながらその干し柿1個を食べたがおいしかったこと、
有難う御座いました。南無大師遍照金剛

また、昼食を食べたうどん屋でも「これお接待です」とコーヒーを出された。
有難う御座いました。南無大師遍照金剛
6番安楽寺の宿坊では6時半に朝食、7時に出発した。
7番十楽寺は昨日お参りしたので、横目に見ながら通過。

本日の歩行距離は20.9km 歩行計40,300歩
宿泊は11番藤井寺付近のふじや旅館

本日の歩行距離は23.1km 歩行計47,000歩
全行程の一番の難所で峠を3っ越える。
宿泊は植村旅館。

朝、6時より朝食、6時半出発。
いよいよ今度の行程中の一番の難所で「へんろ転がし」といわれる難所中
の難所の登山開始である。
11番藤井寺裏の登山道を登山開始、人一人が通れるくらいの急勾配の
登山道をひたすら登る。
3時間位登ったところに柳水庵という小さな無人のお寺があった。
その後1時間位登ったところの標高800mに一本杉庵があり、ここで休憩。
ここから約400m下り、また、300m登る。

宿泊
民宿「ゆき荘」 6,500円 海岸の海の見える小さな民宿。
今晩の宿泊は歩き遍路がもう一人、その他近くの工事現場の人
8名の計10名だったが、2階の一人部屋で同じ二階に風呂があり
太平洋の海を見ながらの入浴。眺めが実にすばらしい。
料理は海産物でまずまず。
5つ星中3つ星。
 

本日の歩行距離は24.8km。歩行計37,855歩。
今日は徳島市内の5つのお寺が集中してある。
宿泊は徳島駅前のビジネスホテル「浦島」

今日の歩行距離は24.5km、歩行計44,933歩
宿泊は20番への途中にある「金子や」

今日の歩行距離は13.5km、歩行計26.500歩
2番目の難所といわれる山を越す。
宿泊は山の中にある民宿「龍山荘」

今日の歩行距離は26.3km。歩行計36,714歩。
今日はお寺一つのみ参拝
宿泊は民宿「ゆき荘」

今日の歩行距離10.9km、歩行計24,334歩
今日の23番で徳島県内の発心の道場のお寺を全て、
歩き通す。
次回のため24番で今回の遍路の区切りとする。
泊まりは24番最御崎寺の宿坊。

お接待
18番を過ぎ、県道の一本道を歩いていると一台の軽自動車が前に止まり
老人がクーラーボックスを抱えて降りてきて「これ、お接待です」とコーヒー
牛乳とアンパンを頂いた。
その美味しかったこと。
有難う御座いました。南無大師遍照金剛

ここからいよいよ遍路道を歩く。
遍路道は歩き遍路者のために昔からの遍路道を保存会が設けた道で、
ある時は民家の裏や田んぼのあぜ道であったりと車の往来が少なく、
距離的には近道である。
春の遍路道は静かでいたるところに花が咲いており、花を眺めながらの
歩きである。
この地方は梅の名産地であろうか、丁度、梅の開花の季節であちこちの
梅畑は見渡す限り満開であった。
今日はここの宿坊泊まりである
時間があるので宿坊に荷物を預けて今日のうちに7番十楽寺をお参りし
ておくことにした。

途中、吉野川を渡る。
本流と支流に分かれその間に中ノ島があり、その間は長い橋が架かっ
ている。
橋は欄干の無い潜水橋で中ノ島に渡り、約1時間歩いて、また、吉野川
の支流に架かる潜水橋を渡るのである。
支流の潜水橋を渡る頃雨が降ってきた。
向こう岸に歩き遍路のためのテントを張った休憩所があり一服して、雨
合羽を着込む。

この間が遠かったこと、行けども行けども辿り着けない上、雨は降って
くるし、疲労困憊の最悪の状態であった。
17番井戸寺より徳島駅までは6.5km、約3時間歩いた。

今晩泊まるホテルを歩きながら携帯電話で予約を入れ、徳島駅前
のビジネスホテルの予約がとれた。雨が本降りとなってきた。
大きな国道の歩道を歩きながら横目で通るバスを見ながら、雨具姿で
ひたすら歩く。
早く、ホテルにもぐりこみたい。

第9日目(2006.3.22 曇りのち晴れ) 24番より徳島市〜神戸〜東京

24番 最御崎寺
23番薬王寺から75km、室戸岬にある高知県側の霊場。
この間は汽車とバスを利用し4時間。

宿泊
宿泊は24番最御崎寺本堂の後ろにある宿坊「遍路センター」5,450円。
風呂も広く、部屋も綺麗で広く立派、料理も問題なし。
ホテル並みで最高。
5つ星中5つ星。

20番から、那賀川までまた急勾配の下り坂である。民家の裏庭を通り
一般道路に出てきて休憩所で一休み。
那賀川にかかる水共橋のたもとの自販機でお茶を購入し橋を渡り、山道
の登山道路を登る。

21番からの民宿までは3.9kmの急勾配の下り坂を2時間かかった。
登り道より下りの方が疲れる。
急坂の途中に竹の杖があり「どうぞ、使ってください」とあった。
これも近所の人のお接待である。
この杖を使わせていただき、片方は金剛杖とで両手を杖に頼って助かった。
2006年(平成18年)3月15日より21日まで7日間かけて、四国八十八箇所霊場のうち春の徳島県の
阿波の国1番霊場から23番霊場まで約200qの歩き遍路の旅をしました。
途中、山あり川ありの難行で歩くのに疲労困憊したとき「今の世に車で30分で行ける距離をどうして
一日がかりで歩かなければならないんだ?」と自問しながら、ひたすら歩くことで自分自身のいやし
の旅をどうにか完歩することができました。
なお、23番霊場で今回の歩き遍路の計画は終わりましたが、24番の高知県室戸岬まで足を伸ばし
て帰ってきました。
歩いている途中、おばあちゃんに「お早う御座います」と挨拶をした。
おばあちゃんは私に向って両手を合わせ祈るようにお辞儀をしてくだ
さった。
今までの人生で他人から拝まれるような事はなかったので、この瞬間
は気恥ずかしさで戸惑った。
やはり、遍路姿だったからだろうか。南無大師遍照金剛。
五百羅漢
5番地蔵時の裏にある奥の院。古い建物を見ながら階段を降りて、
地蔵寺へむかう。
朝7時ビジネスホテルを出発、朝食をやっているような店を捜しながら駅
と平行に歩く。跨線橋を越えたら徳島城址公園に着いた。
早朝の城址を見て、国道55号線のアスファルト歩道をひたすら歩く。
朝7時民宿「ゆき荘」を出発、鯛の浜の海岸線が美しい。
しばらく海岸に沿って歩く、小さな峠を越すと日和佐湾が見えてきた。
日和佐のお城を眺めながら町を通り抜けると日和佐川に架かる橋から
薬王寺の瑜祇塔が見えた。これでいよいよ歩き遍路も完成するんだと
思い、一瞬感傷にひたった。
門前通りをしばらく歩くと山門が見えてきた。
これから徳島市に戻って東京に帰ることになるが、次の室戸岬まで行って
みることにした。
この間は乗り物を利用する。
23番薬王寺の下にある日和佐駅に行く。駅は日和佐道の駅の中にあり
次の下り列車に乗り込む。その列車は途中の牟岐駅とまりであった。
牟岐駅前からバスに乗り換え、甲浦で下車し、室戸岬行きのバスに乗り
換えた。
雨が降ってきた。
室戸岬バス停で下車、登山口より雨の中登山開始、730mを息を切らし
ながら登山し24番最御崎寺山門にたどりつく。

帰りは
宿坊を7時出発。24番最御崎寺より下山し9時バス停着
室戸岬より甲浦までバス
甲浦から海部駅まで私鉄
海部駅より徳島駅までJR
徳島駅より新神戸駅までJR四国高速バス
新神戸駅より新横浜駅まで新幹線
新横浜駅より町田駅までJR
家に午後7時到着、室戸岬より約12時間かかる。

恩山寺の坂を下りてすぐ、遍路道は山道にさしかかる。
この古道は源義経が八島攻めのおり通った道と書いてあった。
永いだらだら坂を下ると「お京塚」があった。
その先に立江寺の赤い橋が見えてきた。
12番焼山寺からは下りの急階段である。階段を下りるたびにその衝撃が
足にくる。
苦しいが我慢をして坂を下る。
山を降りたところが鍋岩という部落であるが、今夜泊まる予約の宿は、まだ
先である。
そこからまた息を切らせて峠まで急坂を登る。
峠からはだらだらとしたアスファルトの下り坂であるが、行けども行けども
今晩泊まる宿に着けない。
山の中腹を歩いて梅の花などを見ながら景色はすばらしいが、なぜか
同じような景色が続き、その遠かったこと遠すぎてくたくたで歩くのが嫌に
なるくらいであった。

この項 完

民宿「金子や」の裏から急勾配の山道を登る。
みかんの産地であろうかみかん畑が続き、上り坂の途中に水呑大師が
ありそこで一服。
東京駅のバス乗り場
JR板東駅舎
ホームには霊場下車駅と
1番札所 霊山寺

境内の様子

ドイツ村というバス停が
公園内はバルトの世界
2番札所 極楽寺
境内の庭はすばらしい
3番札所 金泉寺
遍路荷物を置いて一休み
4番札所 大日寺
番外 五百羅漢
5番札所 地蔵寺

6番札所 安楽寺

7番札所 十楽寺

十楽寺山門

8番札所熊谷寺
熊谷寺の三重の塔
熊谷寺の山門
9番札所法輪寺

10番札所切幡寺

道路傍の菜の花は美しかった

吉野川に架かる潜水橋
中ノ島は永い一本道
吉野川支流の潜水橋を渡る
藤井寺山門

11番札所藤井寺

途中の長戸庵
柳水庵
焼山寺の山門
12番札所焼山寺

鮎喰川上流を行く

13番札所大日寺
14番札所常楽寺
15番札所国分寺
16番札所観音寺
17番札所井戸寺
徳島駅前のよさこい踊り像
徳島城の石垣
徳島城址公園
18番札所恩山寺
恩山寺の大師像
山門の中の木像群
立江寺入り口の赤い橋
19番札所立江寺
19番 立江寺
18番恩山寺より4km、1.5時間歩いた。
立江寺の大師像
勝浦川端の桜
鶴林寺山門
20番札所鶴林寺
那珂川を渡る
太龍寺山門
21番札所太龍寺
山の中の民宿
平等寺山門
22番札所平等寺
平等寺の大師像
朝の浜は静か
日和佐川の向うに見える
薬王寺全景
薬王寺山門
23番札所薬王寺

日和佐の町

最御崎寺山門

24番札所最御崎寺

室戸岬の建つ

遍路姿の白装束と袈裟架け金剛杖姿で
大日寺付近を歩き遍路中
阿波の国 発心の道場  1番〜23番 
歩き遍路
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